教育について

イスラム教を国教とする祭政一致国家のため宗教教育が重視されるが、自然科学や実技については不十分とされる。初等教育の段階でクルアーン(コーラン)の朗誦、講義を受ける。高等教育ではコンピューターや金融など第3次産業に関わるカリキュラムが組まれる。一方で初の工科系大学である2009年に100億ドルの基金を持つサウジアラビア王立科学技術大学en:KAUSTが設立される予定である。

宗教教育では「イスラム以外の教えは誤りで地獄に落ちる」と規定してジハードをイスラムの重要な要素(またサウジアラビア建国とつながり深いため)として教えているため、同時多発テロやイラク戦争などで多数のテロリストを「輸出」することになった。

そのため「ジハードは国王の勅命によってなされるもの」との定義がサウジアラビアの王立イスラム法学会の学者による決定が「国民会議」で出され国王に受け入れられた。

また、シーア派を邪教とする教育が、シーア派を含むすべての国民に対して長らく行われてきたとされる。

2008年10月29日、これまで女性が学ぶことが困難であった医学、経営学、外国語などを教えるサウジアラビア初の女性専用の総合大学を創設することが国王アブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール・サウードによって決定され、リヤド郊外で起工式が行われた。しかし女性の教育拡大などに宗教指導者らは未だに強く反発しているのが現状である。

宗教

宗教はイスラム教ワッハーブ派が国教である。このため、国民が他の宗教を信仰することは禁じられており、サウジアラビア国籍の取得の際にもイスラム教ワッハーブ派への改宗が義務付けられている。このため、少なくとも建前上はサウジアラビア国民はイスラム教徒が100%であったが、湾岸戦争以降は他の宗派を容認する方向へ方針転換を行い、反体制運動を行っていたシーア派と和解した。現代では一応は法律上も他の宗教の存在を公式に認めている。 しかし、キリスト教徒はムスリムの半分の価値しか認めないなど差別的なシステムは続いている。 代表例としてディヤットにおける身代金の算定基準や事故や保険に於ける慰謝料の算定基準などがある。 しかし、他宗教の容認は国政の一層のイスラーム化を求めるイスラーム主義の改革運動の激化を引き起こし、サウジアラビア人によるイスラーム主義武装闘争派のテロを引き起こした。このため、各個人や集団による私的なジハードを禁止するために国王の勅令が無ければ禁止とする法令が出された。

ただし、イランと地理的に近い東部では国民全体の10〜15%程度のシーア派(十二イマーム派)住民がいる。シーア派住民は多数派であるワッハーブ派から様々な圧迫・差別を受けてきたといわれる。イエメンに近い南部のアブハー等もシーア派(イスマーイール派、ザイド派)が多いらしい。スンニ派の中にも、マーリク学派やワッハーブ派ではないハンバル学派もいるようである。また近年、他宗教の信仰が解禁されたとも考えられ、シーア派に対する抑圧が幾分弱まったとも、国民の4%はキリスト教徒だとも言われているがこれは数十万人のアメリカ軍関係者と外国人を統計に含めているためである。

西部にはイスラム教の聖地であるマッカがあり、世界各地から巡礼者が訪れることもあってイスラム世界においての影響力が大きい。

人権問題

サウジアラビアにおいては前近代的なイスラーム法に基づく人権侵害が数多く報告されており、国際社会からの批判を浴びている。これはサウジアラビアでは宗教が法律と融合しイスラム教を擁護する法としてのイスラム法が規定され、それに基づいて行政が執行されているためである。このため近年は欧米諸国からのみならず他のアラブ諸国からも人権擁護の声が寄せられる。

そもそも、サウジアラビアには人権という概念そのものが存在しない。サウジアラビアには憲法が無く、憲法の代わりとなるクルアーンについても、ワッハーブ派の解釈によれば、クルアーンは人間が意思の自由を持ち得るとの主張は異端であると定義しているため、法律の根幹において人権が完全に否定されている。ワッハーブ派の教義自体がコモン・ローや大陸法の理論とは根幹から異なるがために、人権侵害どころか人権という概念そのものを憲法が否定している状態となっている。 基本統治法には「第26条 人間の権利 王国はイスラム法にのっとり人間の権利を保護するものとする」と明文化されているが、ここに定める人間の権利とはイスラム法における権利であって西洋における人権とは異なる概念である。

具体例として、女性や同性愛者などの性的自由の著しい抑圧、人体の切断や公開の斬首刑などの残虐な刑罰、イスラム教ワッハーブ派以外のすべての信仰を「邪教」と断じ、禁止していたが、基本統治法以降は建前上は存在を認めるようになった。しかし、存在を認めただけで差別は合法的に存続している。 また、雇用主による外国人就労者に対するパスポートの取り上げ(スポンサー制度)も横行しており、国際労働機関(ILO)から再三に渡り改善勧告を受けている。

マディーナ

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アル=マディーナ・アル=ムナッワラ(المدينة المنوّرة)または単にマディーナ(المدينة)は、アラビア半島の都市で、マッカ(メッカ)に次ぐイスラームの第2の聖地である。メディナともいう。半島紅海側のヒジャーズ地方に位置する。現在はサウジアラビアのマディーナ州の州都で、人口は130万人ほどである。

アラビア語で「預言者の町」を意味するマディーナ・アン=ナビー(madīnat an-nabī)の略。預言者ムハンマドの墓を有する預言者のモスクが町の中心にあり、マッカとあわせて「二聖都(アル・ハラマイン)」と称される。

マッカの北約500kmの地にあって、ムハンマドの時代以前は名前をヤスリブと言い、アラブ人の二部族とユダヤ教徒の数部族が住む町であった。622年、マッカで迫害を受けていたムハンマドは、ヤスリブの部族間の調停を依頼されたのを機にマッカを脱出し、ヤスリブに移住した(ヒジュラ)。ムハンマドは現在の預言者のモスクの場所に住居を置き、イスラム共同体(ウンマ)の建設とマッカとの戦いを指揮し、ここで亡くなった。こうしてイスラム教の聖地となったメディナは、第四代カリフのアリーがイラクのクーファに移るまで、初期のイスラム共同体の首都として機能した。また、この地にはイスラム教史上初のクバー・モスクもある。

なお、マディーナ(メディナ)は本来アラビア語で「町」を意味する普通名詞であり、北アフリカ(マグリブ)などでは「旧市街」の意味で用いられる。世界遺産のフェズのメディナ、マラケシュのメディナなどが有名である。

サウジアラビア

サウジアラビアは、正式名称サウジアラビア王国 (المملكة العربيّة السّعوديّة) で、
中東・西アジアの国家。首都はリヤド。サウード家を国王に頂く絶対君主制国家で、
アラビア語による国名のアル=マムラカ・アル=アラビーヤ・アッ=スウーディーヤは
「サウード家によるアラビアの王国」を意味する。石油(原油)を日本に多く輸出している。