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   <title>サウジアラビア～</title>
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   <subtitle>サウジアラビアについてしらべてみた(*´・ェ・｀*)</subtitle>
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   <title>初ガツオはなぜ珍重される？　その2</title>
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   <published>2012-05-15T09:34:44Z</published>
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      芭蕉の句を受けた蜀山人の狂歌に


「鎌倉の海より出でし初鰹みな武蔵野の原（腹）にこそ入れ」。


・・・はしりである上に、勝魚とも書いて意気のよい魚の代表とされ、しかも当時は保冷や輸送の技術が発達していなかったため値段が張り・・・


そんな点が江戸っ子のきっぷや見栄っぱりにマッチして、特別に珍重されるようになったもののようです。


値段では「初の字が五百鰹が五百なり」という川柳があります。


・・・カツオはもともと熱帯性の魚で、水温22度くらいの生活適温を追って、2月末に沖縄方面から北上を始め、3月には4国沖、4月には紀州沖、そして5月には関東沖まで回遊してきます。


現在は漁獲技術から冷蔵、輸送手段まで驚くほど進歩したので、東京なら3月中旬に、八丈島沖でとれた初ガツオが食べられます。


      
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   <title>初ガツオはなぜ珍重される？</title>
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   <published>2012-04-14T09:34:06Z</published>
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      江戸時代の川柳に「初鰹りきんで食って蚊に食われ」というのがあります。


奮発して初ガツオを食べたのはいいが、買うお金を作るために蚊帳を質屋へ入れたというオソマツですが・・・


どうしてそれほどまでに、初ガツオは特別に珍重されたのでしょう。


その理由ははっきりしませんが・・・


歴史をみると、カツオは万葉時代から賞味されていましたが、中世になると下級魚扱いを受け、江戸時代になって再び珍重されるようになったようです。


芭蕉の親友でもあった江戸初期の俳人山口素堂の有名な句「目には青葉山郭公初鰹」をみても、江戸時代には初ガツオが季節の味覚の代表になっていたことがわかります。


芭蕉の句にも「鎌倉を生きて出でけん初鰹」とあり、江戸の初ガツオは鎌倉から相模湾一帯でとれたものを指していたようです。


これを馬に乗せて江戸まで運び、夜になって江戸に着くと、これを特に「夜鰹」と称して喜んだといわれます。



      
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   <title>干物のフグはなぜあたらない？</title>
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   <published>2012-02-03T10:33:38Z</published>
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   <summary>フグの毒の正体はテトロドトキシンといい、その猛毒の恐ろしさを知らない人はないでし...</summary>
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      フグの毒の正体はテトロドトキシンといい、その猛毒の恐ろしさを知らない人はないでしょう。


フグのチリ鍋のおいしさはこたえられませんが、「フグは食いたし命は惜しし」。


調理法の進んだ現在でも、フグはいっさい口にしないという人も珍しくないほどです。


・・・それなのに、フグの干物であたったという人がいないのはなぜでしょう。


それは、フグの毒は内臓や皮に含まれていて、しかもこの毒は水によく溶けるので、臓物や皮を除いたあと、たっぷり水洗いすればまず安全なのです。


また、フグの毒は熱に強いため、チリ鍋で煮ても危険なのですが、乾いて長い時間がたつと分解してしまうため、干物にしたフグなら心配はないのです。


      
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   <title>タコはゆでるとなぜ赤くなる？</title>
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   <published>2012-01-12T10:33:01Z</published>
   <updated>2012-01-12T23:31:04Z</updated>
   
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      これには愉快な話があります。


ある時、タコがお坊さんに化けて、お伊勢参りの仲間に入りました。


ところが途中でタコであることを見破られ、ゆでられてしまいました。


その時とても恥ずかしい思いをしたため、今でもゆでると赤くなるのだそうです。


まあ、それは昔話ですが・・・


タコをゆでると赤くなるのは、タコの皮膚にある色素が熱によって化学変化を起こすためで、どの色素がどのように変化するのかは、まだはっきりしていません。


同様に、エビやカニもゆでると赤くなりますが、こちらはよくわかっています。


これは、エビやカニの殻の中にあるシアノクリプタリンという色素が、熱のために分解して、赤いクラスタセオルビンになるためです。


      
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   <title>忘れられない「過去の栄光」　4</title>
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   <published>2011-12-20T04:00:09Z</published>
   <updated>2011-12-20T23:31:03Z</updated>
   
   <summary>経営幹部が知っていることは、ニ次情報にすぎません。 こういった情報は口頭であろう...</summary>
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      経営幹部が知っていることは、ニ次情報にすぎません。


こういった情報は口頭であろうと書面であろうと複数の階層を通り抜けたメッセージ特有の欠陥を持っているものです。


その結果、意思決定は遅くなり、対応は遅れ、多くの場合、現状や最新の事実に基づいたものでなくなってしまいます。


ヌコア社の会長兼社長のケン・アイバーソンは、ヌコア社が規模の大きな競争相手に勝る点として、諸経費が圧倒的に低いことと、速やかな意思決定能力をあげています。


そして、この2つの優位点は、たった4層の管理階層しか持たないヌコァ社のシンプルな組織のおかげだとしています。


これは、伝統的な競合他社に見られるようなぜいたくさや9層以上の管理階層とは対照的です。


簡単に言えば、多くの企業がいまだに分散型のトップダウンという手段で、昔ながらの製品分類にしたがった、大きな事業部単位で会社を運営しようとしているのです。



      
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   <title>忘れられない「過去の栄光」　3</title>
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   <published>2011-11-12T03:59:35Z</published>
   <updated>2011-11-12T23:31:03Z</updated>
   
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      全社レベル、部門レベル、あるいはグループレベルのマーケティング、宣伝、生産、企画、研究開発活動の多くが実際のところどれほどの意味があるのか、満足のいく形で実証できていません。


こういった活動のほとんどは現場の管理職の責任と重複するし、必要性を主張するにはあまりに経費がかさみます。


・・・今のところ、これに伴って発生する費用を相殺するような利益を見いだすには至っていません。


しかし著名な経営コンサルティング会社であるA・T・カーニィ社によって行われた41社についての徹底的な調査結果は、わたしたちの見解を支持するものでした。


&quot;痩せ型&quot;の企業、つまり頂点と底辺にランク付けされた社員の間に最小限度の管理階層しか持たない企業は、売上高の伸びで明らかな優位を示し、収益の伸びでも圧倒的に勝っていたのです。


組織を過度に複雑なものに作り上げたり、過剰に階層を増やしたりすると、コストアップが避けられないだけでなく、長期的にはさらに深刻な結果を招くことになります。


問題の起きている現場から何階層も引き離されている状況で、経営幹部は何が起こっているのか本当に知ることができるのか、大いに疑わしいでしょう。


      
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   <title>忘れられない「過去の栄光」　2</title>
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   <published>2011-10-05T02:59:11Z</published>
   <updated>2011-10-24T22:33:14Z</updated>
   
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      3.バランスシート(貸借対照表)は、十分に活用されていないか、老朽化した工場、設備、余剰の運用資本によって見かけ上、膨らまされています。


4.非現実的に高い損益分岐点は、事業を支え株主を満足させるに十分な資金を生み出すことのない利益水準を招いています。


これらの事実を客観的に見ると、こうした欠点を抱えた既存の企業はかなりの割合にのぼり、その負担は耐えがたいことがわかるでしょう。


事業というものは、そもそも世界中で最も革新的で優秀かつ勤勉な経営陣を持つことができ、最も天才的な販売、マーケティング戦略を推し進めることができるものなのです。


しかし、このように多くの重荷を課せられてしまうと、経費最大限の競争力を持つ道は完全に絶たれてしまうのです。


つまり、重荷を背負った状況では、成長の鈍いマーケットあるいは衰退していくマーケットにおいては明らかに強力な競争者になりえない、ということです。


複雑な組織が招く過剰コスト利益や意思決定の責任を、多すぎるほどの管理階層と高給取りからなる、中央集権化された巨大組織に委ねる代わりに、組織の深部にまで広げる、ということに難色を示す経営陣の姿勢からこの障害は生まれてきます。


      
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   <title>結論性格と運命</title>
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   <published>2011-09-19T03:00:47Z</published>
   <updated>2011-09-19T22:32:06Z</updated>
   
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      <![CDATA[結論性格と運命を予言する占星術の主要な主張を概観しました。


いくらよく見ても、それらの主張が証明されていないと結論せざるをえない。


正しい科学的検証が十分に大きい標本で行われ、その妥当性が判断されるに足りるだけ十分に詳しく報告され、ついで追試されたときでも、伝統的占星術の信仰を支持していない。


これで問題は終りなのか。


そうだと決めつけるまえに、もっと広いいくつかの可能性を概観しなければならない。


四季または太陽系のその他のリズムは、占星家が予見しなかった仕方で、われわれの人生に影響するということが可能ではないか。


われわれが次に眼を向けるのは、そのすばらしい可能性です。


さて、今日は最後に人気の占いをご紹介します。その<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">占いはこちら</a>です。

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   <title>忘れられない「過去の栄光」</title>
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   <published>2011-09-05T02:58:30Z</published>
   <updated>2011-09-08T22:34:06Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://domaintalk.info/">
      「もちろん、より低い経費で製品を供給することは重要。


それを実践している我が社は、経費については常に圧倒的な競争力を誇ってきた」


・・・というようなコメントは決して珍しいものではありません。


しかし、このような態度を示す管理職には、その主張を裏付ける事実に基づいた根拠がないのです。


マッキンゼー社が行った、生産競争力に関する調査が示すところによると、多くのアメリカのメーカーは海外の競争相手よりも、30%以上高い経費での運営という不利な状況にあり、さらに重要なことには2対一の割合で生産力の基盤を失っているとのことです。


非常に多くのメーカーがこのような不利な状況に直面しているということは、何ら驚くべきことではありません。


なぜなら、これらのメーカーは次のような点について問題があるからです。


1.工場、設備、生産方法が、より低い経費、より高い品質、短くなった生産サイクルというマーケットの需要に合うよう改良されてこなかった。


2.人件費、管理費、生産性に至るまで、国際基準のどれにあてはめてみても競争力に欠ける。


      
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   <title>自立の気力</title>
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   <published>2011-08-28T07:06:32Z</published>
   <updated>2011-09-08T22:35:07Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://domaintalk.info/">
      1988年10月25日の『朝日新聞』の「天声人語」に感動的な話しが紹介されていました。


それは米国人と結婚している日本人女性が語った夫君の母親(90歳)のことでした。


その一部を引用させていただきます。


「晩年の様子をきくと、最後の日まで、ボランティアの仕事をしていたという。


仕事といっても、かんたんなことだった。


老人の施設に毎日ゆき、2時間ないし3時間、車いすを押す仕事である。


足が不自由になった老人は、外の空気を吸い、バラの香りをかぎ、雲の美しさに見入ることができるように、語り合いながら、ゆっくり押す。


『できる手助けはしなくちゃ』


それにしても、自分はおしめをしている身である。


最期も、彼女らしかった。


体調が悪い、と感じると、電話をかけ『お願いします』と救急車を呼んだ。


もちろん、身のまわりはいつも整理されていた。


病院で平安のうちに息をひきとった。」


・・・ボランティア活動を「仕事」としている点が気にならないわけではないですが、足が不自由になっても車いすで外に出ようとする老人と、その老人とともにひと時を過ごす老人の、この共生の光景が自立への意欲なしには考えられないことが大切ではないかと思います。


・・・そして、その自立への意欲が人間らしく老いをまっとうしようとするライフ・スタイルの基本であることが分かるのです。


      
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   <title>活発化するM&amp;A　2</title>
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   <published>2011-07-10T07:29:50Z</published>
   <updated>2011-07-10T22:31:03Z</updated>
   
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      <![CDATA[MFSは買収される以前、インターネットプロバイダーのUUNETを買収しており、<a href="http://fax.toones.jp/" target="_blank">インターネットＦＡＸ</a>などインターネット事業へも進出する態勢を整えていました。


97年9月には、米国第2位のパソコン通信会社コンピュサーブを、アメリカオンライン(AOL)と共同で買収することも表明しました。


世界に最も大きな衝撃を与えたM&Aは、この年の=月に発表された英国のBTと米長距離通信第2位のMCIの合併計画です。


両社が合併すると大西洋をまたぐ初の電話会社になるだけでなく、売上高は420億ドルにのぼり、NTT、AT&Tに次いで世界第3位の電話会社となります。


営業利益は63億ドルで、AT&T、NTTを上回ります。


従業員は18万3000人にのぼっています。


BTはこれに先だってMCIの株20%を取得する一方、合弁で「コンサート」という国際通信サービス子会社を設立していました。


合併はBTがMCI株を100%まで買い上げる形で行なわれるはずでした。


新会社はコンサートと名乗ることになりました。

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   <title>活発化するM&amp;A</title>
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   <published>2011-06-15T07:28:27Z</published>
   <updated>2011-06-30T22:33:18Z</updated>
   
   <summary>日本の通信業界再編劇が序幕だとすると、米国の業界再編劇はいまクライマックスを迎え...</summary>
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      <![CDATA[日本の通信業界再編劇が序幕だとすると、米国の業界再編劇はいまクライマックスを迎えています。


1996年2月、クリントン大統領が署名して発効した「96年通信法」。


この新通信法で地域と長距離の相互参入が認められると、米国通信業界では激しいM&A作戦が展開されました。


96年2月には、地域電話会社のUSウェストがCATV会社のコンチネンタル・ケーブルビジョンを55億ドルで買収すると発表。


4月にはテキサス州などをサービス地域とする地域電話会社のSBCコミュニケーションズが、西海岸の地域電話会社パシフィック・テレシスを167億ドルで買収することで合意しました。


同じ4月、東海岸の地域電話会社であるベル・アトランティックとナイネックスが2120億ドル規模の合併を発表しました。


かつてAT&Tから分離独立した地域電話会社が再び統合して、長距離サービスに進出するための布石です。


8月になると、長距離通信第4位のワールドコムがCAPSであるMFSを140億ドルで買収する計画を発表しました。


同社は過去5年間に40社を吸収合併することに成功、<a href="http://fax.toones.jp/" target="_blank">インターネットＦＡＸ</a>などを扱っている米国通信業界でも最もアグレッシブな会社といわれます。

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   <title>利用者側重視の行政へ</title>
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   <published>2011-05-28T07:04:51Z</published>
   <updated>2011-05-28T22:30:28Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://domaintalk.info/">
      確かに施設に入所した老人たちに「独立の気力」を期待するのは無理がありすぎるともいえるでしょう。


しかし、体が不自由になった老人でも「自分にて自分の身を支配し他に依りすがる心なき」独立の気力を失わず、少しでも「一身独立」をつらぬこうとすることはできます。


老人たちを「人に依頼し、人を恐れ、人に談う」独立の気力なき者たらしめているものを、すべて福祉行政の責に帰せしめることはもとよりできないでしょう。


本人の生き方、家族・身内のあり方も考えなければなりません。


しかし、もし福祉行政の現場が老人たちから「独立の気力」をそいでいるならば、それを改革することがまず先決です。


自立への意欲を示す老人たちを「わがまま」扱いするのは施設とサービスを供給する側の都合であって、それを利用する側の立場を尊重してはいないでしょう。


「収容」は「入所」に変わりました。


次は「措置」を「利用」に変えなければならないでしょう。


これは、供給者側重視の行政から利用者側重視の行政へと質的転換をはかっていくことにほかならないのです。



      
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   <title>福祉行政の貧困</title>
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   <published>2011-04-28T07:03:50Z</published>
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   <summary>日本では「寝たきり老人」の姿といえば、曲がったままの手足、鼻から胃にさしこまれた...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://domaintalk.info/">
      日本では「寝たきり老人」の姿といえば、曲がったままの手足、鼻から胃にさしこまれた管、ぼうこうに入れられた管、まるで物言わぬ人形のように、管理されつつ死を待っているといったイメージです。


それは非人間的な被保護の姿です。


・・・よく考えてみれば、管も手を省くために入れているのであり、けっして老人のためではないでしょう。


この保護は自立生活への諦めと施設サービスへの屈辱的な依存によって成り立っています。


口しか動かない人でも電動車いすで動き回われる、口が不自由な人は体で意志を表せる。


体を起こし時間をかけて手伝えば管を使わなくとも食事はとれる。


管を入れて尿を採るのは最後の最後のはずです。


体が不自由になってもまちなかに出、買い物をしたい、デイセンターで趣味や出会いを楽しみたいというのは当たり前の欲求です。


そうした欲求を充たすことができず、「水平の人」となって人生の最期を送らざるをえないのは、やはり福祉行政の貧困といわなければならないでしょう。


      
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   <title>「水平の人」</title>
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   <summary>現地の施設関係者に体が不自由になってベッドに寝たきりになっている老人、「ネタキリ...</summary>
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      現地の施設関係者に体が不自由になってベッドに寝たきりになっている老人、「ネタキリロージン(寝たきり老人)はいるか。」」と尋ねてみました。


答えは、「いまはほとんどいません。」」でした。


「デンマークでは20年ぐらい前に、いまあなたがおっしゃったネタキリロージンのことを『水平の人』とよんでいたことがあります。


しかし、いまはもう『水平』のままでほとんど動かない人などいないといってよいと思います。


私たちは、寝たきりにしないことを福祉サービスの基本としてきましたし、最近はいつまでも施設に入れっぱなしにしないで、できるだけ在宅で生活できるように激励し支援しています。」


・・・というのでした。


「水平の人」がいないというのは、2つのことが同時に進展してきたことを意味しています。


一つは、栓抜きから電動車いす、リフト、各種おむつまで生活上の小道具・大道具などの補助器具の無料貸し付け、台所など家の改造の相談と補助、施設でのリハビリと実習、訪問看護など自立生活への支援システム。


もう一つは体を起こし動かし、どんなことでも自分でできることをやりぬこうとする老人たちの「独立の気風」です。


      
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